Little AngelPretty devil 
      〜ルイヒル年の差パラレル・番外編

    “木の芽どきの企みは…”
 



同じ日本という土地地域でありながら、
今と昔では暦が違うというのは、こちらのお話でも散々言っておりますことで。
四季が巡り、しかもその巡りを尊び、
節季ごとに行事や催事を設けては
四季のつれづれ、しみじみと堪能してきたのが日本人。
初午といや 今であれば二月の頭だが、
平安時代なら菜の花が咲くころだったし、
それとはまた別の感慨を持ってくるなら、
桜が咲くと そのまま気温が上がって上がって、
初夏と呼んでもいいほどの気候になってしまうの、
昔の風流人にすれば もはや“夏”扱いしていたそうで。

 「1月2月3月が春、4月5月6月が夏と数えていたからな。」

今の暦の節分や春分から数えても、
5月の頭が境目だし、
ましてやそこから ひと月でこぼこズレるのだから
5月の末ともなりゃ、梅雨の前とはいえ陽も高けりゃあ気温も上がるので、
もうもう 十分 “夏”だといえて。

 「まあ、地球温暖化が進んでる後世の話はともかくとして。」

書生の瀬那くんが乾いた笑い方をして、師匠の蛭魔を窘める。
そうそう、皆さんには平安が現世なんだから、
いちいち後世の話を持ち出すんじゃありません。(苦笑)
とはいえど、
京の都という極めて人工的な整備も進んだ土地であれ、
漆喰塗りの白塀がやたら目映く、
大路を行き交う牛車の垂れに
従者が気を利かせたか青々とした若葉が飾られていても、
そんなくらいでは到底しのげぬ暑さに、
車上の主人が“清水をたもれ”と か細い声を掛けるほど、
こちらの都も、もはや夏扱い、というお日和だったりし。

 「いやはや、今年はまた、
  桜も藤もどんどん咲くほどに季節の進みが早いですねぇ。」

位階の高い人ほど座す場所が高みとなるもの。
上座下座の習いの初めというやつで、
向かい合って坐す一同にもそういう格差があるらしく。
そうは言っても厳格な線引きをし合う中でもないものか、
板張りの広間の中には、
品のいい織りの布、幅筋(のすじ)が提げられた几帳を並べてはあったが、
随分と壁寄りに離してあって。
両者の身分へと境を作るための調度としては使われていない。
外は漆黒、内側を赤く塗った
盆を思わせる台に高い脚をくっつけたような、
膳を兼ねているような高坏(たかつき)の上には、
手の込んだ菓子ではなく今時分の瑞々しい果実が盛ってあり。
手際よく誰かが剥いたのだろう、
南方から届けられたらしいビワが橙色の実を濡らしていて。
そんな風に気兼ねなく飲み食いをし合うような、
ざっかけない間柄なのが知れるというもの。
そうしてのど越しの良い果物を食しても、
それでは足りぬということか、
傍付きの侍従の方を向き、
年嵩な御主がやわらかに声を掛ける。

 「どれ、外の空気を入れましょうか。」

陽気もよくなり、出来れば風を通したくなるよな汗ばむ気候。
殿上の奥向きも奥向き、限られた顔ぶれしか足を運ばぬ、
出入りには厳重で、届けなしでは許しが下りぬというような
そんな選り抜きの上つ方でなければ入り込めない空間ともなれば、
そうまで厳重に警備が整っておればこそ
ゆったりと構えて過ごせるという解釈もできようが、
逆にいや、そんな油断をなさっておいでのやんごとない方々を目掛け、
自分の帰り道は要らぬという捨て身の覚悟で
飛び込んでくる刺客が出ぬとも限らない。
気心の知れた者同士、
遠慮のない対面に時を過ごしていたらしきこちらの皆々様だったが、

 「お命、頂戴っ!」

…こんな今風の物言いをして襲い掛かったものだろうか。
長太刀を持ち込むことさえ随分と難しい場所、
さてはかなり階級が上の者に仕える侍従を抱き込んで、
そやつに言い含め、支度をさせたかと思えば、
どれほど周到な下準備をしていた襲撃だろうか。
しかもしかも、そうまで綿密且つ大胆な謀反、
詳細もろもろがおぼろげながら判ってくるころには
それさえ打ち消すような 別口の真犯人が担ぎ上げられていたりして、
そっちの存在の凋落までもが仕組まれているような、
ややこしい顛末、大がかりな陰謀だったりしかねぬのだが。

 「…っ!」

居合わせた客人たちが驚きから咄嗟に中腰になりかかる。
俊敏な若い方々でも立ち上がってしまいきらぬうち、
板の間へごとんと重々しい音が打ち付けられて、
何か塊が無造作に落ちた気配がする。
吹き上げあふれるものが鉄の匂いを充満させ、
御簾を下ろした向こうに控えていた女官らが、何を察したかひぃいと金切り声を上げかけた。
ああ、これがこの光景が我が主人さまの望み。
鼻持ちならぬ陰陽師の一族の爺さんを、
御主の落ち度を指摘して降格に追い込んだ憎々しい爺めを、
今の今、わたくしが成敗してやったぞと、
緊張から固まってた体が高揚感にほぐされて、
暴漢のいかにも野卑な顔が自然と笑いにほころび始める。
愉悦のまま、高笑いが腹の底から滲み出し、
緩みかかった口許からあふれださんとした正にその時だ。

 「もうもう、痛かったじゃないかぁ。」
 「…な?」

板の間の床にゴトンと転がったものが、
そんな言いようをしてくるりともう一回廻って見せて。
老いさらばえて、やや痩せこけた老爺の顔が
むむうと口元とがらせて、幼子がするような拗ねたお顔を作って見せる。

 「あぎょんが堅いお帽子作ってくれたの、
  かむってたから いかったけれど。」

何処から伸びるか、小さなお手々が白髪交じりのひっ詰め頭を左右から押さえ、
ぐりぐりと絞り込んで上へ引っ張って、何かを脱いだ。
その勢いに引かれたか、
首だけの存在だったはずが、ひょこりとその下に手足や胴も生えており。

 「そうか、それはあの蛇神がこさえたものか。」

 「刃をはじく結界だけでは足りぬと、
  太刀が触れる前に風の咒で飛ばされるよう、
  葉柱さんがようよう見据えておいででしたが。
  そういや板の間へ落ちる痛さまではうっかり考えておりませんでしたね。」

ドングリの袴みたいな、きつきつのお帽子は
相当に堅い素材の中へ綿が敷かれてあったらしく。
ごんと床へ落ちた衝撃、かなり受け止めてくれた模様。
それでも痛かったと愚図る坊やへ、
高麗小紋の縁で飾った、少し高さを取った畳を敷いた上へ坐していた存在が、
首を失ったままぐらりと前へ倒れかけ、
だがだがそのまま前へくるんと前廻りして、

 「くうたん、痛い?」

とたとた、首だった存在へと駆け寄れば、
 
 「痛かったの、こおたんここよ。」

同じお顔のおちびさんがうううと泣きつき
小さなお手々で抱き着いて甘えるのが何とも愛らしい。
いきなりのこの展開へ、さすがについてけなかったのだろう。
室内に垂れ込めていた 鉄のような血の香もいつの間にか消え去っており、

 「な…」
 「何だも何もないわ。」

呆然として何か言いかかる狼藉者へ、
この阿呆と、すっくと立ち上がってそのまま ていと横から蹴りつけたのが。
金髪白面、伏見稲荷のお使いもかくやと噂されておいでの神祇官補佐、
蛭魔という若造、もとえ、かみづかさとされておいでの高貴なお方。
すらりと細身の肢体は、同じ年頃の貴族のボンボンと比べると貧相かもしれないが、
何の、藤の精霊のように嫋やかで美麗でもあり、
大陸から来た学者せんせえが、菩薩か如来かと伏し拝んでしまったほどだったとか。
実際 位階としては 従五位下とあんまり上位じゃなかったそうだが、
そこはそれ、政治を直接掌握してはなかったせいで。
他の代はどうだか知らぬが、
こちらの補佐官殿の場合、
今帝が直々に取り立てたという奇抜な存在でもあるが故
大臣格の公達であれ、時と場合に拠っちゃあ逆らえぬというから恐ろしい。
今はちょうどその“時と場合”であったらしく、

 「人を呪うは禁令の極み。
  それに相当しそうな怨念まとって神祇官様の暗殺に乗り込んでこようとは、
  死罪を賜っても文句の言えぬ大罪ぞ。」

 「ひ、ひぃいいいい〜〜〜〜っ!」

つらつらと並べ立てられた罪科の数々が
果たしてちゃんと耳に届いていたものだろか。
今になって自分がしたことが恐ろしくなったか、
それとも果たせなんだ無念がこみ上げたか。
勝ち誇ったように笑いかかっていた様子から、
横倒しにされたまま、打って変わって取り乱しかかるのへ。
こんの阿呆がうつけがと、
爪先でうりうりと頭を踏みつけながら、
この馬鹿者めどうしてくりょかと、
だがだが、お顔は怒りより薄笑いを滲ませているいじめっ子。

 後日、神祇官である武者小路家の宗主様を
 ずんと嫉んでおられた別の陰陽師のお家の御隠居様が
 現当主ともども遠方へ流されてしまわれたそうで。

こういう襲撃を先読みしていた神祇官様、
出来るだけ角が立たぬように方をつけたいと

 『こいつに頼むってのがそも間違ってねぇか?』
 『いやいや、
  お家断絶というほどの大事にはしたくなかったらしくてな。』

黒の侍従殿が、くうちゃんへの守りをすまなんだと、
義理堅くも いやいやながらの事後報告に蛇神様へと語ったのが、
今回のややこしい仕儀の一部始終。
不思議な現象を挟むことで、
暗殺などという物騒な仕儀までは起きなんだとし、
二人ほどが責任取らされて済んだのだ、軽いもんだと、
神祇官様と今帝様、こそりと胸を撫で下ろされたとか。
権謀術数のみならず、不思議な手管まで飛び出す今代、
公達の方々はそろそろ肝に命じて
大人しくされた方がいいのではと、
有明の月がふふと苦笑していた初夏でした。





     〜Fine〜  16.05.02


 *ちょっと物騒な出来事を久々に。
  暢気なばっかじゃありませんで、
  それでもあっさり撃退しちゃうから、
  おっかない方々でございます。

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